
Farmily構想
生産者と消費者の垣根のない
家族のような関係を目指して
僕がFarmilyで目指すのは、生産者と消費者の垣根がない、家族のようにつながり合う関係です。
Farmilyという言葉は、Farm(農)とFamily(家族)を合わせた造語で、「ファーミリー」と読みます。

はじまりの風景
2024年の夏、畑は焼けていました。
太陽が燃えるように照りつけ、葉は縮れ、苗は次々に虫に食われ、地面はひび割れていた。
その前に立ち尽くした僕。「これ以上、続けていけるのだろうか」
そして、冬を迎える前に訪れた農場で、全国から集まった60人の仲間と出会ったとき、気づきました。
この環境は、いち農園の問題ではなく、社会的な課題なんだと。
もう一つ強く感じたのは、生産者と消費者とのギャップです。
日々畑で感じている実感が、どうしても奥底までは伝わっていない。
苦しみも喜びも、生産者だけが抱えるものではなく、みんなで分かち合えないだろうか。
畑は僕だけの場所ではない。
そこに流れる風や水や光は、みんなで共有するもの。
だから僕は問いかけました。
「生産者」と「消費者」――わざわざ分けて呼ぶ必要があるんだろうか。
たった200年の間に
この区分が生まれたのは、ほんの200年前。
産業革命以降に大量生産の仕組みができて、初めて人は「作る人」と「買う人」に分けられました。
でもその前の長い時間、そんな境界はなかった。
川の水を汲み、火を焚き、畑に種を播き、実りを食べる。
誰もがつくり手であり、誰もが食べる人。
暮らしは分かち合いの連続でした。
Farmilyは、その姿にもう一度立ち返るための挑戦です。

暮らしを流域と捉え直してみる
川の流れを辿れば、すべてはつながっています。
上流で降った雨は、しずくとなって小川に集まり、やがて大きな川となって海へ向かう。
その間に生き物が棲み、人が暮らし、田んぼがあり、畑がある。

もし暮らしを「流域」という単位で捉え直せば、
自然の理に沿った、人と自然の調和がもう一度立ち現れるのではないか。
北海道なら石狩川。
関東なら利根川。
福岡なら室見川や那珂川。
川ごとに経済圏をつくり、その流域で採れたものをその流域で食べる。
それはロマンではなく、地域を持続させるためのもっとも合理的で自然な発想です。
Farmilyの多様な関り方
Farmilyは階段ではありません。
生産と消費に隔たりのない、多様な関わり方を提案します。
それは川の流れのように、重なり合い、混ざり合う世界です。

- 食卓で野菜を食べる人
- 畑で収穫を体験する人
- 栽培を共に行うマイクロファーマー
- 果樹や田んぼを支えるオーナー
- イベントを企画したり、物語を伝える人
誰かが畑に立ち、誰かが台所に立ち、誰かが学びを伝え、誰かが未来を語る。
すべてがひとつの川の流れのように響き合う。それがFarmilyの姿です。
宅配600世帯(300世帯+300世帯)の風景
現在、Farmilyの宅配仲間は約200世帯。
宅配を続けていると、新しい仲間を迎える一方で、生活の変化などで退会する方もいます。
だからこそ、今ここで100世帯の新しい仲間を迎えて、300世帯という節目に辿りつきたいと思っています。
300世帯は、Farmilyの根っこになる仲間。
「今仲間になることが、未来を大きく変える」ということです。
300世帯が集まったとき、地域に灯る小さな明かりはひとつの川の流れとなり、Farmilyの物語をぐっと前に進めてくれます。
そして、もしそのひとりひとりがもう1世帯を紹介してくれたら――
300世帯は600世帯へ。
そのとき、街の空気は確かに変わります。
スーパーのレジに並ぶとき、公園で子どもを見守るとき、職場での休憩時間――
その場に必ず、Farmilyの仲間がいる。
子育て世帯もあれば、子どもが巣立った家庭もある。独り暮らしの人も、お年寄りもいる。
けれど、その誰もが 「子どもは地域全体の宝物」 という想いを抱き、
自分の子でなくとも、次の世代を一緒に育んでいる感覚がある。
600(300+300)という数は、Farmilyが“特別な活動”から“日常の風景”に変わる転換点。
暮らしに自然に溶け込み、地域に響き始める灯りなのです。

3,000世帯の「つながる仲間」の風景
やがて3,000世帯がFarmilyにつながるとき、地域の景色はさらに変わります。

学校や職場、商店街や祭りの場で、Farmilyの話題はもう珍しいものではない。
「昨日の野菜おいしかったね」「次は田植え体験に行ってみようか」
そんな会話が、ごく自然に交わされる。3,000世帯という広がりは、“この地域の基準”を変える規模。
上流の畑と下流の暮らしが一本の川でつながり、流域まるごとが未来を育む共同体として輝きはじめる瞬間です。
宅配という入口

Farmily構想は壮大な夢です。
けれどその一歩は驚くほど小さく、シンプルなものです。
畑から食卓へ野菜を直接届ける「宅配」。
それは未来の子どもたちにまでまっすぐ届く線であり、協力者を募り、仲間を広げるための最初の糸口として、僕は宅配を始めました。
宅配はただ「物を買う行為」ではありません。
旬を受け取るたびに、あなたは流域の一員になる。
農業の大変さも、美味しさの感動も、ほんの少し一緒に味わうことになる。
だから宅配を広げることは、Farmilyの基盤を強くすることそのものです。
宅配が広がれば、交流の場が増える。
宅配が支えられれば、その先にあるマイクロファーマーやオーナー制度が根づいていく。
耕作放棄地を再生できるのも、宅配という入口を通じて仲間が集まるからです。
今、宅配がこの地域で増えていくこと。
それが未来のFarmilyを現実にする最初の手がかりです。
広がりの設計図
Farmilyが未来を形にしていくためには、仲間の広がりに「具体的な目安」があります。
30世帯のマイクロファーマー:農に直接関わり、共に育てる仲間。
300世帯のオーナー:畑や樹をシェアし、四季を共に味わう仲間。
3,000世帯の宅配仲間:「福岡市の小学校のクラスに1人」がFarmilyに関わるライン。ここまで来れば、日常の会話が自走し始める。
30,000人の関係人口:体験・単発購入・イベント・LINEやお便り購読者。宅配世帯の10倍の母集団。
300,000人の接点・リーチ:SNSや口コミを通じて「名前を聞いたことがある」人たち。都市圏全体の空気が変わり始める下地。

この地域を変えるには――
30世帯のマイクロファーマー、300世帯のオーナー仲間、
そして3,000世帯の宅配仲間が必要です。
その広がりを支える30,000人の関係人口と、
300,000人へのリーチによって、会話が生まれ、未来が動き出します。
棚田の記憶

僕が最初に借りた土地は、石釜にある石垣の棚田でした。
石垣が積まれた棚田は草に覆われ、
その光景を見たとき、胸に鋭い痛みが走りました。
あの石を積んだ人たちは、自分の代だけでは報われない労苦を未来に託していた。
家族や子孫が安心して米を食べられるようにと、気の遠くなるような重労働を繰り返していた。
それを、今の僕らが草に埋もれさせていいのか。
野菜も、米も、果樹も。
耕作放棄地も、流域も。
すべてを結び直すことが、Farmilyの挑戦です。
あなたへ
もしあなたがこの流域で暮らしているなら、あなたはもうFarmilyの一員です。
食べることも、つくることも、守ることも。
喜びも苦労も分かち合える関係こそ、未来をつくる力になる。
川の流れのように、自然に支え合いながら、暮らしを重ねていく。
その最初の一歩を、あなたと一緒に踏み出したい。

最初の一歩は、
宅配の野菜セットから

Farmilyという言葉は大きな夢のように聞こえるかもしれません。
けれど、その入口は驚くほど身近です。
流域の旬の野菜を食べること。
畑からの里山の恵みを受け取るとき、そこには流域の自然と、生きる人々の時間が詰まっています。
その一口が、未来を変える最初の一歩になる。

